モノであそぶ

その場に遊びとして配置されたものが存在せずとも、いかに遊ぶかという考えのもと、遊びは開発されるのか。演劇教育実習での実験では、なにかそこにあるモノであそぶ、ということをやった。モノであそぶといっても、ねらいとしてはそのモノの普段の使い方からは離れた遊びになればよいかな、ということであったと思う。
もともとは自分の企画ではないけど、同調する部分もあるので協力したり、意見を出したりした。もともとのアイデアとしては、公園などの遊具を、遊具そのままのカタチとしてではなく、別のモノにみたてて遊ぶ、ということを狙いとしてありました。ジャングルジムをお城に例えるとか、新しい遊び方というところに引っかかって乗っかることになりました。
実験してみたところ、ボールがでてくるとボールはボールにしかならない。あと、「グローブの代わり」とか「バットの代わり」とか、そういう使い方になってしまうことも多い。まったく新しい使い道みたいな、イノヴェーションは発生してこなかったかな。
個人的には、カラーコーンに顔を書いたものを作ったグループに混じったときに、カラーコーンの中に黒い長い布を詰め込んで、詰め込んだものがドバドバ顔の下から出てくる、というのを自分で思いつき、意味不明だったけどツボにはまった。わけわかんないけどそれだけでなんとなく笑えた。

棒倒しのために砂と棒があったんじゃなく、砂と棒があったから棒倒しが生まれた?
一つの遊びの楽しみを味わい尽くすと、次に何をするか考えだす。

ではなにもなかったらなにをするのだろうか。